冬眠できないクマ:その理由と背景
冬になればクマはいなくなる。
長く「当たり前」のように信じられてきた前提である。
しかし近年、この常識が揺らぎ始めている。
東北を中心に、冬でもクマが歩いている、畑に出てきているという報告が増えているからだ。
これは、クマがおかしくなったからではない。
理由のある現象である。
ここでは、専門家の見立てをもとに、
なぜ「冬眠できないクマ」が増えているのか
その背景を整理しておきたい。
冬眠は「寒さ」ではなく「餌の量」で決まる
まず押さえておきたいのは、
クマは寒くなったから冬眠するわけではない、ということだ。
冬眠の条件はシンプルである。
冬を越せるだけの脂肪が体に蓄えられているかどうか。
秋のあいだに十分な餌を食べ、脂肪を溜め込めた個体だけが、
長い絶食に耐えられる。
逆に言えば、
- 餌が足りず、脂肪が十分に貯まらなかったクマは
- 冬眠に入っても飢えて死んでしまう可能性が高い
ということになる。
冬眠は「自然だから起きる行動」ではなく、
条件が整ったときだけ成立する生存戦略なのだ。
理由①:山の凶作で「脂肪が貯まらない」
近年の東北では、ブナやミズナラなど
クマが好む木の実が広い範囲で不作・凶作になった年が続いている。
岩手大学の山内貴義教授(野生動物管理)は、
クマの栄養状態の悪化が冬眠に与える影響について、概ね次のように指摘している。
栄養状態が悪いクマは、冬眠に入っても死んでしまうおそれがある。
山に実りが少ない
→ 脂肪が貯まらない
→ 冬眠しても持たない
→ 結果として冬眠に入りにくくなる個体が出てくる
という流れである。
もちろん、木の実の豊凶は地域差が大きい。
実がよくついている山もあれば、ほとんど実らない山もある。
ただ、広域で凶作が起きている地域では、冬眠に必要な条件を満たせないクマが増えやすいことは、想像に難くない。
理由②:人里の餌が「冬眠しない方が有利」な環境をつくる
もう一つ、無視できないのが
人里の餌の存在である。
- 家畜の飼料
- 収穫後に残った作物
- 果樹園の落ちた実
- 住宅地の生ごみ
- ビニールハウス内の作物
こうしたものは、森の中の木の実に比べて
高カロリーで、しかも手に入りやすい餌になっている。
酪農学園大学の佐藤喜和准教授(野生動物生態学)は、
人里に餌が多い地域では、クマが冬眠をしない、あるいは冬眠期間が短くなる傾向について言及している。
山で餌が足りないうえに、
人里に行けば簡単に食べ物が手に入ると学習してしまえば、
- 「冬眠に入るより、人里で餌を探し続ける方が生き延びられる」
という判断が働いても不思議ではない。
つまり、
- 山の餌が不足して 冬眠に必要な脂肪が貯まらないクマ と
- 人里の餌に依存することで 冬眠に入らなくても越冬できるクマ
この二つのパターンが、
「冬眠できない(しない)クマ」を生み出していると考えられる。
結果:冬にもクマが歩く地域が生まれている
こうした条件が重なった地域では、
本来ならクマの姿が消えるはずの季節にも、出没が続く。
- 夜の集落まわり
- 田畑の周辺
- 果樹園
- 家畜小屋
- 山と人里の境目の道
そういった場所で、足跡やフン、掘り返し跡などが確認されるケースが出てきている。
「冬になればクマはいなくなるから安心」
という前提が、地域によっては成り立たなくなりつつある、ということだ。
冬眠は「必ず起こる行動」ではない
整理すると、こうなる。
- クマの冬眠は 寒さではなく餌量(脂肪の蓄え)で決まる
- 広域の凶作が起きた地域では、冬眠条件を満たせない個体が増えうる
- 人里に豊富な餌がある地域では、「冬眠しなくても生き延びられる」個体が出る
- その結果、冬でも活動を続けるクマが現れる
冬眠は、クマにとっての「当たり前の行動」ではなく、
自然環境と人間の生活環境、両方の影響を受けて揺らぐ行動である。
その構造を知っておくことは、
冬の山、冬の暮らしで「クマはいないはずだ」という思い込みから距離を取るためにも、ひとつの前提になると思っている。
参考資料・出典
環境省『クマ類の出没対応マニュアル(2021年)』
岩手大学・山内貴義教授 コメント(報道)
酪農学園大学・佐藤喜和准教授 コメント(報道)
関西テレビ「クマの冬眠遅延が深刻化」特集(2025.11.17放送)
にいがた経済新聞「ブナの実不作で冬眠前のツキノワグマ出没に注意呼びかけ」(2025.9.26配信)
NHK NEWS WEB「ブナの実の不作とクマの出没」に関する各報道(2023〜2024年)
各県森林総合センター「ブナ・ミズナラ結実調査」(2023〜2024年)

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