なぜ忘れ物をする人は、あんなにも多いのだろう。
そういう投稿をスレッズで見かけたとき、僕は少しだけ考えた。
忘れ物をする人が悪いわけではない。
注意力が足りないわけでも、性格が雑なわけでもない。
少なくとも、僕はそう思っている。
なぜなら、僕自身もよく忘れる側の人間だったからだ。
サングラス。
YAMAPの起動。
ヘッドライトの電池。
どれも致命的ではないが、地味に効いてくる。
しかも厄介なのは、「ちゃんと確認したはずなのに」忘れていることだった。
家では確かにチェックした。
車に乗る前にも見た。
それなのに、歩き始めてから気づく。
あ、サングラス忘れたな
YAMAP、起動してないな
その瞬間、軽い自己嫌悪と、理由のわからない違和感が残る。
なぜ起きるのかが、説明できなかった。
しばらくして、僕は気づいた。
忘れ物の原因は、注意力ではなかった。
判断できるタイミングが、ものによって違うのだ。
ヘッドライトやレインウェアは、三日前でも判断できる。
そこにあるし、乾いているし、入れてしまって構わない。
一方で、当日の食料や洗濯中のものは、その時点では入れられない。
サングラスは車に置いてある。
YAMAPは、歩き始める瞬間でないと意味がない。
それらを一度のチェックで済ませようとすること自体が、無理だった。
だから僕は、チェックを増やした。
……という言い方は、正確ではない。
実際には、判断を分けただけだ。
三日前にできる判断。
前日にできる判断。
家を出る前の判断。
車に乗る前の判断。
歩き始める直前の判断。
それぞれの判断を、そのタイミングに配置した。
そして家に、ひとつのボックスを置いた。
登山道具専用の箱だ。
判断が済んだものだけを、そこに入れていく。
チェックシートを見ながら、黙々と。
箱の中身が増えていくにつれて、
僕の頭の中から、判断すべきことが少しずつ消えていった。
当日の朝、やることは決まっている。
お湯を沸かし、サーモスに入れる。
それだけだ。
判断は、もう終わっている。
朝は実行するだけでいい。
ボックスを車に積む前に、もう一度チェックする。
漏れがないことを確認する。
登山口に着いたら、歩き始める前に確認する。
サングラス。
YAMAP。
ヘッドライト。
それで、歩き始める。
なぜ僕は、ここまで細かくやるのだろう。
不安だからではない。
慎重な性格だからでもない。
たぶん、自分の判断に納得した状態で、山に入りたいだけなのだと思う。
進む判断も、引き返す判断も、
その責任をちゃんと引き受けたい。
だから僕は、判断を減らすために、
判断できる場所に、判断を置いている。
忘れ物をしないために細かくしているのではない。
自分の判断に、納得して山に入りたいだけだ。

コメント