登山日:2025年8月28日~31日
一日目 ― 折立から薬師岳へ
ザックを背負った瞬間、肩がきしむ。
45リットルのザックは、普段の11リットルに慣れた僕には、どう考えても過重だった。
自作のチェックシートを見ながら荷物を詰め、削り、また詰め直す。その繰り返しでようやく形になったが、パンパンに膨らんだザックは、まるで僕を試すかのようにのしかかっていた。
これで本当に立山連峰を歩けるのだろうか。そんな不安が、頭を何度もよぎった。
それでも、歩き出すしかない。
「1日10キロメートル程度。普段の北アルプスの日帰りロングに比べれば大したことない」
そう言い聞かせながら、折立をあとにした。
ベンチを見つけては立ち止まり、深呼吸を繰り返しながら、ようやく太郎小屋にたどり着く。
ここまで約3時間。荷物が少なければ2時間少々の道のりなのに。
でも今日は、どうしてもやりたかったことがあった。
太郎ラーメン。
前回、薬師岳に登ったときから気になっていた名物。前回は食べずに帰ったが、今日は迷わなかった。
行者ニンニクの香りが鼻を突き、体が熱を帯びていく。ラーメン一杯が、ここではご褒美であり、回復薬でもある。
太郎平からは、黒部五郎がきれいに見えていた。去年はあの稜線を走ったっけ。



太郎から薬師岳山荘までの道のりは、沢沿いに大きな岩が連なるきつい登りだった。
それでも、槍ヶ岳や双六岳、水晶岳が次々と顔をのぞかせるたび、疲労よりも心の高鳴りが勝った。
14時過ぎ、薬師岳山荘に到着。
受付を済ませ、荷物を置いてから薬師岳山頂へ。
山頂は、光に満ちていた。
日差しが体を温め、風が汗を乾かす。足元には美しいカール。
この縦走の始まりにふさわしい、最高の景色だった。



薬師岳山荘に戻り、夕食をとる。ご飯も味噌汁もおかわり自由で、しっかりと腹を満たした。
安堵というよりも、ただただ体が重い。
「夕日の絶妙なタイミングまで少し布団で横になろう」そう思ったのに、そのまま眠ってしまった。
夜の間、疲れのせいで何度か目を覚まし、また眠りに落ちる。その繰り返し。
初日の夜は、静かにそうやって過ぎていった。
二日目 ― 薬師岳から五色ヶ原へ
朝五時、まだ眠気の残る体に温かい朝食を流し込む。
前日の受付で「五色ヶ原まで行くなら、お弁当にしますか?」と聞かれたのを思い出す。
「普通に食べます」と答えると、小屋の人はこう言った。
「それなら、食べてすぐ出発してください。五時に出せますから」
その言葉が、妙に胸に残っていた。
本当にそこまで遠いのか。標準コースタイムなら問題ないはずだと自分に言い聞かせても、不安は消えなかった。
薬師岳を越えると、初めて歩く道になる。
ガスが流れ込み、視界は白い靄の中に閉じ込められる。
北薬師岳に着くと、看板に手書きで「荒天時 薬師越え厳し」と記されていた。
これは本来、スゴ乗越から薬師岳へ向かう人への警告なのだろう。
だが、ここまで歩いてきた僕が振り返ってみても、納得せざるを得なかった。
もしあの稜線を雨風の中で越えてきたとしたら、石は滑り、ザレ場は心許なく、風に煽られて立つことさえ難しかったはずだ。
逆方向の僕にとっても、その言葉は現実味をもって迫ってきた。
足場に気を配りながら、スゴ乗越小屋に着いた。
まだ時間は早い。休憩をとり、水を口に含んでから先へ進む。
ここからが本当の試練だった。



スゴノ頭。
2100メートル台まで下り、2400メートル台まで急登。
壁とまではいかないが、それに近い角度で道が続く。
越中沢岳。
岩を掴みながら必死に登る。
足は重く、息は浅くなる。
鳶山。
繰り返されるアップダウンに、精神が削られていく。
「まだ登るのか」
そうつぶやきながら、一歩を刻むしかなかった。
ようやく五色ヶ原山荘が姿を現したのは午後三時。
朝食を食べてすぐに出発したのに、標準タイムをほとんど下回れなかった。
薬師岳山荘の人の助言は正しかったのだ。
受付を済ませて、コーラを買う。500円。
炭酸の甘さが体に染みわたり、心から「ありがとう」と思った。



五色ヶ原山荘は、昨日とは別世界のようだった。
二人だけで六畳間を使えた。
広々と布団を敷き、のびのびと横になる。
トイレは清潔で、工夫された仕組みが心地よい。
そしてなにより、風呂に入れた。
30分ごとに男女が入れ替わる。
二日分の汗を洗い流すだけで、体が別物のように軽くなる。
風呂上がりの自分が、まるで新しい登山者に生まれ変わったように思えた。
夜は、同じ部屋になった登山者と話をした。
偶然にも同郷だと知り、少し盛り上がる。
不思議な縁が山ではよくある。
二日目の夜は、汗を流した安らぎと、歩き切った疲労感に包まれて過ぎていった。

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