雪の立山(雄山)に登った翌日、
芦峅の中宮祈願殿へ向かった。
前日の登山の余韻を胸に残しながら、
ここで「安全登山守」を手に入れ、
守られる安心と同時に、自分自身も安全に登ろうと気を引き締めた。
祈願殿のすぐ隣には、立山信仰の核ともいえる立山博物館がある。
立山の歴史と信仰を見たいと思い、そのまま足を向けた。
そこで、予想もしていなかった“歴史の核心”と出会うことになる。
剱岳は「未踏峰」ではなかった
明治40年、測量隊は剱岳(標高2,999m)を初登頂するために入山した。
映画『剱岳 点の記』で描かれている通り、
当時は「誰も登ったことがない未踏峰」とされていた。
しかし、山頂で発見されたのは――
- 錫杖頭(しゃくじょうとう:修験者の杖の先端)
- 鉄剣
この発見により、
剱岳にははるか昔に修験者(山岳修行者)が登っていたことが確認された。
専門家は、これらが江戸時代以前のものと考えている。
つまり、計測技術も装備も未熟な時代に、
人は祈りのために剱岳の山頂へ到達していた。
立山博物館で、その“現物”が展示されている
展示室に入った瞬間、視界の中心に赤い台座があった。
その上に、錫杖頭と鉄剣が静かに置かれていた。
それが“本物”だと理解するのに少し時間が必要だった。
これが、山頂に置かれていたものなのか。
映画や書籍でしか知らなかった歴史が、
ガラス越しの数十センチ先にあった。
錫杖頭は、時の流れを吸い込んだような深い緑青をまとい、
鉄剣は黒く沈んだまま、長い年月を静かに受け入れているようだった。
その佇まいからは、装飾品ではなく、
祈りと修行そのものの“証拠” である重さが伝わってきた。
展示室は静かで、照明に照らされた赤い台座が印象的だった。
記録というより、「遺された想い」を見るような感覚に近かった。
錫杖と鉄剣に宿る“祈り”
錫杖頭は、修験者が使う法具の象徴だ。
山に入る際の祈りの道具であり、
その先端を山頂に置いてくる行為には、明確な意味がある。
- 登頂の証
- 山への奉納
- 山の神への祈り
- 地域の安寧を願う護符の役割
鉄剣は魔除けや結界の意味を持つことも多く、
山頂に置かれていた理由は、
「聖域としての剱岳を守るため」
という説もある。
実際に現物を目にして感じたのは、
それらが単なる金属ではなく、
長い祈りの時間をまとった存在だということだった。
初登頂の概念を変えた発見
剱岳は「未踏の山」ではなかった。
山は、静かにその証拠を抱え続けていた。
測量隊の登頂よりもずっと前から、
修験者たちは剱岳に登り、祈りを捧げ、
その証として錫杖や鉄剣を残していた。
現物を目の前にすると、
その事実が想像ではなく「実体」として迫ってくる。
立山信仰の旅は、祈りから山へつながる
前日の立山(雄山)登拝、
中宮祈願殿での祈り、
そして立山博物館での錫杖頭との対面。
この流れは偶然のようで、
どこか一本の線でつながっているようにも思えた。
山に祈り、山から学び、
そして山に守られる。
北アルプスを歩くとき、
剱岳はただの険しいピークではなく、
祈りの山としての顔を確かに持っているのだと感じた。
立山博物館の「3D展示」でオンラインでも見られる
立山博物館の公式サイトでは、
錫杖頭と鉄剣を3Dで閲覧できるページが公開されている。
実物を見に行けない人でも、
360度から細部を確認できる貴重な資料だ。
おわりに
雪の立山で感じた清らかな空気と、
立山博物館で見た祈りの証。
その二つが、時間を超えて静かに結びついた一日だった。
剱岳に残された錫杖頭と鉄剣は、
この地域の人々の祈りを守り続け、
現代の私たちにもその存在を静かに示している。


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