2022年7月29日、ふとした衝動に駆られて、僕は槍ヶ岳に向かうことにした。きっかけは、少し前に登った白山で感じた高山への憧れだった。あの時の高揚感、空の青さ、そして山の静寂。その全てが、もう一度体験したいという思いに変わっていった。
次の目標を探すべく、僕はYAMAPの活動日記を漁り、3000m級の山々の記録を眺めていた。そんな時、目に留まったのが槍ヶ岳だった。日帰りで挑戦している人も何人かいる。往復30キロ近くのロングコースを暗いうちから登り、明るいうちに戻る彼らの記録が、僕の中にあるスイッチを押した。
しかし、準備は慎重に進める必要があった。ヘルメットはもちろんのこと、暗闇を歩くためのヘッドライトも必需品だ。そして、何より「心の準備」が必要だった。夜の山は暗い。ただの暗闇ではなく、心の奥底まで浸透するような深い闇。誰もいない登山道を一人で歩くことへの恐怖が、心のどこかでささやき続けていた。
登山の前日、自宅を出発して新穂高に向かう道すがら、僕はこの恐怖にどう向き合うべきかを考えていた。到着したのは夜の9時。市営新穂高第3駐車場に車を停め、仮眠を取ろうとしたが、期待通りにはいかない。深く眠ることができず、結局、1時20分に登山を開始することにした。これから始まるナイトハイクは、僕にとって未知の領域だった。
夜の登山道は、思っていた以上に「深い」。右も左も、何も見えない。周囲に潜む何かがこちらをじっと見つめているような錯覚を覚え、僕は無意識のうちに道の真ん中を歩いていた。450ルーメンのヘッドライトと懐中電灯で前を照らすも、光はすぐに闇に飲み込まれてしまうように感じた。まだ林道だから迷う心配はないはずだが、それでも心細さは拭えない。



林道を抜け、いよいよ山道に入った時、僕の中で恐怖が頂点に達した。終わらない暗闇、足元も不安定な山道。時計を何度も見ては「時間よ、早く過ぎろ」と祈ったが、思った以上に夜は深いままだった。その時、口をついて出た言葉があった。「夜が深い」。自分で発したその言葉に、僕は少し驚いた。まるで夜が自分の心を映し出す鏡のように感じられたからだ。
やがて、河原に出た時、空が紺色に染まり始め、やっと朝が訪れることを感じた。冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、辺りが明るくなっていくのを眺めた。僕は河原に腰を下ろし、持ってきたオニギリを一口かじった。この瞬間だけは、夜の恐怖が遠い記憶になりつつあった。


そこから一気に山頂を目指す。太陽が稜線の向こうから顔を出し、あたり一面を照らし始めた瞬間、体中に温かさが広がるのを感じた。そしてついに、槍ヶ岳の頂上に立った。ここは「槍の穂先」だ。自分がここまで来たという達成感が、静かに僕を包み込んだ。


下山時、膝の痛みが増していくのを感じた。雷鳥に出会えたのは嬉しかったが、膝の痛みは一向に引かず、最終的に駐車場に戻ったのは16時半頃。15時間に及ぶ挑戦だった。思った以上に過酷で、自分の脚力を過信していたことを反省した。
それでも、この槍ヶ岳への挑戦は僕にとってかけがえのない経験となった。夜の深さを知り、明けていく空の美しさを目の当たりにし、自分の限界を少しだけ越えることができたからだ。次はもう少しゆっくりと、山頂でコーヒーを楽しむ余裕を持って登りたい。


新穂高からの槍ヶ岳(日帰り) / ふみさんの槍ヶ岳の活動データ | YAMAP / ヤマップ

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