だから深田久弥はヒドイ男だ。

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深田久弥は、ヒドイ男だ。
結婚しているのに他の女性と登山を楽しんだ。
妻が病気で床に伏せっている時でさえ、彼は別の女性と山に登り、肩を並べ、景色を眺めた。
白馬岳、妙高山、穂高岳――。
登りの苦しさを分かち合い、達成感を一緒に味わうその時間は、確かに特別だっただろう。
だが、家庭のことを思えば、どう考えてもヒドイ男だ。

しかも、彼のヒドイところはこれだけじゃない。
締め切りに追われ、作品が書けなくなると、なんと妻が書いた文章を自分の作品に転用した。
誰がどう見たって、それは盗作だ。
弱い男だ。
才能への焦り、自分の無力さを認めたくないプライド、
「これくらいならいいだろう」という甘え――。
結局は、そんな弱さが彼をそこまで追い詰めたのだろう。
そして案の定、それが発覚し、文壇で叩かれ、信用を失い、誰からも相手にされなくなった。

だが、深田久弥の人生はこれで終わりではなかった。
いや、ここからが始まりだったのだ。
五十六歳の時、深田は日本中の山々を巡り始めた。
ただただ山と真摯に向き合い続けた。
向き合うための旅でもあった。
そして六十一歳で『日本百名山』を発行した。
今でも多くの登山愛好家が、登山前に手に取るバイブルのような本だ。

僕はふと思う。
人間って、完璧じゃなくていいんだ。
弱くても、ズルくても、失敗しても、それでもまた立ち上がることができる。
深田久弥の人生は、それを教えてくれる。

僕が百名山に挑むとき、必ず持っていく文庫本がある。
登山口に向かう車の中で、目的の山のページを開き、深田の言葉を読む。
彼がその山で何を感じたのか、どんな景色を見たのかを知ると、
ただの登山が一段深い体験に変わる気がする。

深田久弥は、僕の登山を色付けた。ヒドイ男だ、と思う。
僕はそんな彼に憧れている。

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