比良山系に登るとき、僕はいつも、ふもとの暮らしを想像する。
いまではハイカーたちが軽やかに歩くこの山も、かつては生活と祈りの対象だった。
山のふもとには「比良郷」と呼ばれる小さな村々が点在していて、
人々は、山から湧き出す清水を田畑に引き、米を作り、日々の糧を得ていた。
比良の山々は、ただの地形ではなかった。
荒ぶる神が住む場所だった。
特に、いま武奈ヶ岳と呼ばれる峰には、
雷を落とし、嵐を呼び、霧をまとわせる神が宿ると信じられていた。
山の天気は激しく変わり、命を脅かすこともあった。
だから人々は、山に足を踏み入れる前に、手を合わせ、頭を垂れた。
山は、畏敬すべきものだった。
水は、山から生まれた。
無数の沢が森を抜け、田んぼへ、琵琶湖へと流れた。
一滴の水が、命を育んだ。
ふもとの比良郷では、その水を田畑に引き、秋には実りを祝った。
一方、山の裏側、坊村あたりでは、
安曇川の清流にイワナやアマゴが泳ぎ、
人々は川に生き、山に生かされた。
ここでは、山も川も人も、すべてが一つだった。
厳しい自然を畏れながら、
それでも自然の中に自分たちの居場所を見つけようとした。
そんな暮らしが、ずっと続いてきた。
今、僕たちは簡単に山へ登ることができる。
整備された登山道があり、GPSがあり、便利な道具もある。
だけど、山に入るとき、少しだけでいい。
かつてここに暮らした人たちの静かな祈りに、耳を澄ませてみたい。
この山から流れる水が、どれだけ多くの命を支えてきたかに、思いを寄せてみたい。
比良のふもとは、いまも、静かに息をしている。
山から水がうまれ、人の暮らしを育んできた、その記憶をたどりながら、
僕はそっと、比良の稜線を歩いていく。

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