2025年の夏、北海道・羅臼岳で登山者がヒグマに襲われ、命を落とす事件があった。
調査速報によれば、被害者は登山道で襲撃を受けたあと、南側のヤブへと引きずり込まれたと推察される。
実際に遺体は襲撃現場から南西方向に約200メートル離れた山斜面で見つかり、損傷していたと報じられた。
ニュースを見たとき、背筋がぞっとした。
百年以上前の三毛別羆事件が遠い昔話ではなく、いまもなお起こりうる現実なのだと突きつけられた。
過去から続く現実
ヒグマの恐ろしさを語るとき、必ず引き合いに出されるのが1915年の三毛別羆事件(さんけべつ ひぐま じけん)だ。
冬眠に失敗した巨大なヒグマが人里に現れ、民家を襲撃し、七人の命を奪った。
家屋に入り込んで人を捕食したという記録は、単なる獣害を超えた衝撃を残している。
それから百年以上が経っても、ヒグマによる被害は途絶えていない。
羅臼岳の事件は、過去の惨劇が過去のままではないことを思い知らせた。
日本にいるクマは二種類
けれども、日本列島に住むクマは一種類ではない。
大きく分けて二つ──北海道にいるヒグマ、本州と四国にいるツキノワグマ。
- ヒグマ:体重200〜400キロに達する巨体。ときに人を獲物と認識し、捕食する。
- ツキノワグマ:体重60〜120キロ前後。臆病で、人を避ける傾向が強い。襲うとしても防衛的な行動が多い。
生息域もはっきり分かれている。北海道にはヒグマしかいない。本州と四国にはツキノワグマがいる。九州はかつてツキノワグマがいたが、いまは絶滅したとされる。

つまり、北海道で登山をするなら相手はヒグマ、本州の山なら相手はツキノワグマだ。
両者を同じ「クマ」とひとくくりにすると、見誤る。
ヒグマとツキノワグマの事故の違い
両者の事故の性質はまるで異なる。
ヒグマの場合、羅臼岳や三毛別のように「人を獲物として襲う」ケースがある。
そのため北海道では、クマスプレーの携行が必須とされる。
一方、ツキノワグマは人を食べ物と見ることはほとんどない。
驚いたとき、子グマを守るとき、餌不足で混乱しているとき──そんな場面で攻撃に転じることが多い。
結果として重傷や死亡事故も起きるが、襲ったあと長くその場にとどまることは少ない。
だからこそ、登山者は「自分がどのクマと向き合うのか」を間違えずに理解する必要がある。
僕の現時点のツキノワグマ対策
僕が登るのは北アルプスをはじめとした本州の山々。
つまり相手はツキノワグマだ。
鈴はつけていないが、登山者の多い山を選び、YAMAPの記事で直近の出没情報を確認する。
人の気配を、僕なりの「予防策」として頼りにしている。
もしクマと鉢合わせしたら──。
- 遠くに見えたなら静かに立ち去るのを待ち、自分も距離をとる。
- 至近距離で出会ってしまったら、クマが襲ってくるまでは後退。
- もし突っ込んできたなら、大声を出して立ち向かう。
- 倒されたら、頭や首を守ってうずくまる。
それが僕の最終手段だ。
クマスプレーは買わない。
緊迫した状況で正しく噴射できる自信がないし、風向きにも左右される。
僕にとっては「頭を守り、うずくまる」方が現実的な選択だ。
装備としてはストックくらい。
頼りないかもしれないが、あれこれ取り繕うより、自分が取れる行動に腹を括っておきたい。
ただし、これは現時点のスタンスにすぎない。
クマ対策は状況に応じて変わるし、僕自身もこれからアップデートしていかなくてはいけない。
経験を積み、情報を集め、考えを更新し続けること。
それが登山者にできる唯一の“備え”だと思う。
敬意を忘れない
乗鞍岳の山荘に泊まったとき、小屋の方がこんなことを言っていた。
「クマの住処に人間がお邪魔しているんですよ」
その言葉が忘れられない。
僕らは山を歩くとき、ただの客でしかない。
クマを恐れるのは当然だが、同時に敬意を持つことを忘れたくない。
僕はこれからも北アルプスを歩くだろう。
そのたびに、クマの存在を意識しながら。
恐怖と敬意を両方抱えながら。

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